大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和60年(ワ)9112号 判決

原告

住友不動産株式会社

右代表者代表取締役

高城甲一郎

右訴訟代理人弁護士

前田知克

小川原優之

右訴訟復代理人弁護士

阿部裕行

被告

横山五郎

右訴訟代理人弁護士

大高満範

渕上玲子

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主位的請求

被告は原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を明け渡せ。

2  予備的請求

被告は、原告に対し、原告から金八〇〇〇万円の支払を受けるのと引換えに本件建物を明渡せ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件ビル」という。)は、もと鈴木滋幸(以下「鈴木」という。)の所有であつた。

2  鈴木は、昭和五二年五月二日、被告に対し、本件ビル一階部分である本件建物を賃料一か月一二万円、期間二年の約定で賃貸し(以下「本件賃貸借」という。)、これを引き渡した。

3  鈴木と被告は、昭和五四年五月に本件賃貸借を期間二年として更新する旨の合意をし、更に、昭和五六年五月にも本件賃貸借を期間二年(同年五月二日から昭和五八年五月一日まで)として更新する旨の合意をした。

4  鈴木は、昭和五七年八月二三日、被告に対し、本件賃貸借の更新を拒絶する旨の通知をした。

5  原告は、昭和五八年三月一日、鈴木から本件ビルを時価相当額で買い受けた。

6  原告は、昭和五八年四月二八日、東京簡易裁判所に被告を相手方として本件建物明渡しの調停を申し立て、昭和六〇年五月二四日まで一六回の調停期日が開かれたが同日不調となつた。したがつて、原告は、その間被告に対し、本件賃貸借の解約申入れをしたものである。

7  原告は、昭和六〇年八月一五日送達の本件訴状で被告に対し、本件建物の明渡しを請求し、もつて、本件口頭弁論の終結に至るまで、本件賃貸借の解約申入れを継続した。

8  右更新拒絶又は解約申入れの正当事由は次のとおりである。

(一) 本件建物の所在場所は、靖国通りに面した土地であり、鈴木は、本件ビル敷地を含む周辺一区画の土地を高度に再開発するという原告の計画に賛同し、これを実現するために、本件ビル全部の占有を確保してその処分ができるようにする必要があつた。

(二) 原告は、都心における土地の効果的高度利用が現時の社会的、公共的要請であることにかんがみ、本件ビル敷地を含む周辺一区画の土地上に近代的なビルを建築する計画をたて、計画区域内の土地、建物の所有者から土地利用権及び建物所有権を取得する一方、建物居住者からもその明渡しを受けてきており、本件ビルも、被告賃借部分(本件建物)を除いて既に明渡しが完了しているのであつて、被告が本件建物を明け渡せば直ちに新しいビルの建築に取りかかることができる。

(三) 被告は、本件建物を店舗として中華料理店「蔵王」を経営していたが、本件建物のほかにチェーン店として九店舗を開設して営業しているのであるから、適正な保障がされる限り、本件建物での営業に固執しなければならない必要はない。

(四) 原告は、被告に対し、別紙「移転先提供物件」記載のとおり移転先を紹介したが、被告は、現在の規模よりもはるかに上回る設備を要求して、移転に応じなかつた。

(五) 原告は、本訴において、被告に対し、立退料として八〇〇〇万円の支払を提供する(予備的請求原因)。

よつて、原告は、被告に対し、賃貸借契約の終了に基づき、本件建物の明渡し(予備的に、立退料八〇〇〇万円の支払と引換えによる明渡し)を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし6の各事実は認める。

2  同8の事実について

(一) (一)及び(二)の各事実は知らない。

(二) (三)のうち、被告が本件建物を店舗として中華料理店「蔵王」を経営していることは認めるが、その余の事実は否認する。被告が経営している店舗は、本件建物(九段店)のほかに三店舗(神田店、新大久保店、駒込店)があつたが、昭和六〇年一〇月三一日に新大久保店を閉店したため、現在は三店舗である。

(三) (四)のうち、原告が被告に対し移転先を紹介したこと及び被告が移転に応じなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。原告が紹介した物件は、いずれも被告の営業店舗として採算に合わないものであつたため、被告は移転に応じることができなかつたものである。

三  抗弁(正当事由に関する評価障害事実)

1  被告は、九段店(本件建物)のほかに神田店、新大久保店、駒込店を経営し、昭和六〇年一〇月三一日に売上げの悪かつた新大久保店を閉店したのであるが、昭和五九年六月から昭和六〇年五月までの一年間における九段店の全店に占める売上比率は三八・一パーセントであつたところ、昭和六〇年一一月現在では四三・四五パーセントを占めるに至つた。

2  被告は、中華料理店を開業して一一年になるが、その間事業拡張のために多額の借入れをしており、その借入総額は一億七四〇〇万円以上に達していた。また、被告は、経営方針として、従業員を適宜独立させてチェーン店を経営させる制度を実施しているが(現在のチェーン店は三四店舗)、独立の際には資金面において債務保証等の補助をしており、その保証総額は三億四四〇〇万円にも達している。

3  九段店で稼働している従業員は一二名であり、その家族二四名を加えた三七名もの生活が九段店の営業に依存している。

4  被告は、原告に対し、本件ビルを取りこわした後に原告が新築する予定のビルに入店を認めれば本件建物の明渡しに応じてもよい旨提案したが、原告はこれを拒否した。

5  現在、九段店と同様の売上げを確保することができる代替店舗を見つけることは極めて困難であり、しかも、このような代替店舗を賃借して移転するには多額の費用が必要であるが、原告が提示した立退料では到底これをまかない切れない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1ないし3の事実は知らない。

2  同4の事実は明らかに争わない。

3  同5の事実は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1ないし6の事実は当事者間に争いがなく、同7の事実は当裁判所に顕著である。以上の事実によれば、原告は、本件賃貸借における賃貸人の地位を承継し、被告に対し本件建物明渡しの調停申立てをした昭和五八年四月二八日から調停不調となつた昭和六〇年五月二四日までの間及び本件訴状が被告に送達された同年八月一五日から本件口頭弁論終結に至るまでの間、本件賃貸借の解約申入れを継続したものというべきである。

二そこで、前賃貸人鈴木がした更新拒絶及び原告がした解約申入れの正当事由の有無について判断する。

1  鈴木がした更新拒絶の正当事由の有無

仮に請求原因8(一)の事実が認められたとしても、被告が本件建物において中華料理店を経営していたことも当事者間に争いがないのであるから、右の事実のみでは、鈴木がした更新拒絶について正当事由があると認めることはできないものというべきである。

2  原告がした解約申入れの正当事由の有無

(一)  〈証拠〉によれば、本件ビルは、靖国通りに面する東京都千代田区神田神保町三丁目五番五の宅地四八・五九平方メートル(靖国通りに面する間口部分が約四・五メートル、奥行が約一一メートル)上に、昭和四一年八月に新築され、昭和四二年一月に増築された鉄筋コンクリート鉄骨造陸屋根五階建の建物であることが認められる。

(二)  〈証拠〉によれば、本件ビル敷地の周辺地域は、靖国神社の東側及び北の丸公園の北側に位置して、周辺には日本大学、専修大学をはじめ多数の学校施設が存在し、また、千代田区役所、住宅、都市整備公団等の公共施設も多く存在する地域であるため、営団及び都営の各地下鉄の駅に近く神田・お茶の水業務地区の外延部に当たるにもかかわらず商業集積・業務集積度が弱く、建物の高層化に立ち遅れが見受けられるところ、不動産の売買、賃貸等を業とする原告は、本件ビル敷地を含む一区画の土地(道路で囲まれた土地)約三八〇坪を買収して、同土地上に七ないし八階建で延面積約二六〇〇坪の賃貸用ビルを建設する計画をたて、土地所有者等関係者と順次に交渉に入り、本件ビル敷地である五番五の土地のほか五番二、四、一四、一六、一七の各土地については既に買収を完了し、かつ、右五番二、四、一六一七の各土地については地上建物を取りこわして更地としたが、本件ビル及び五番一四の土地上の建物には借家人がいるために(ただし、本件ビルの借家人は、被告だけが退去に応じないで残つているだけである。)、これを取りこわすことができない状態であり、また、五番一、六ないし一三、一五の各土地については買収交渉を継続中であるが、五番六、七、一五の各土地は買収が困難な状況にあり、五番八ないし一三の各土地についても買収に長期間を要する見通しであることが認められる。

(三)  〈証拠〉によれば、被告は、昭和五二年から本件建物を店舗として中華料理店「蔵王」(九段店)を経営しており(被告が本件建物で九段店を経営していることは、当事者間に争いがない。)、そのほかに神田店、新大久保店、駒込店も経営しているが(ただし、新大久保店は昭和六〇年一〇月に閉店された。)九段店の従業員は、昭和六〇年九月当時で一二名、昭和六一年三月当時で一六名であり、また、昭和五九年六月から昭和六〇年一二月までの間の同店の売上げは、一日平均三〇万円前後であつて、全店の売上総額中に占める割合はほぼ四〇パーセントであることが認められる。

(四)  原告が昭和五八年四月二八日東京簡易裁判所に被告を相手方として本件建物明渡しの調停を申し立て、昭和六〇年五月二四日までに一六回の調停期日が開かれて同日不調となつたこと(請求原因6の事実)は、当事者間に争いがないところ、原本の存在及び成立に争いのない甲第五号証の一ないし九並びに前掲秋山証言によれば、原告は、右調停期日ないし同期日外の話合いにおいて、被告に対し、別紙「移転先提供物件」記載のとおり代替店舗を紹介し(この事実は当事者間に争いがない。)、かつ、最終的には八〇〇〇万円の立退料の支払を提示して、本件建物の明渡しを要請したが、結局、被告の応ずるところとはならなかつたことが認められる。

(五)  以上の事実を総合すれば、次のように判断することができる。

(1)  不動産会社である原告は、本件ビル敷地を含む一区画の土地を買収して同土地上に高層の賃貸用ビルを建設する計画をたて、同計画遂行の一環として本件ビル敷地を買収し、本件建物賃借人である被告に対しその明渡しを求めるに至つたものであつて、その明渡しを求める理由ないし必要は、本件建物を自ら使用することでもなければ、本件ビルが老朽化したために建て替えることもなく、もつぱら都心部における宅地の有効利用という見地から再開発をするためであるということができ、しかも、右にいう再開発は、国又は公共団体等による具体的な市街地整備計画等に基づく公共事業ではなく、その建設計画自体も、いつごろビルの建設に着工することができるのか不確定な状況にあるといわざるをえない。

(2)  一方、被告は、昭和五二年以来本件建物において中華料理店を経営し、昭和六〇年ころでは、十数名の従業員を雇傭して一日平均三〇万円前後の売上げを得ていたものであつて、本件建物を引き続き使用する必要のあつたことが認められる。

(3)  そうすると、右(2)のような賃借人(被告)との関係において、右(1)の再開発目的は、本件賃貸借の解約申入れの正当事由には到底なりえないものと解するのが相当であり、したがつて、原告が被告に対し代替店舗(移転先)を紹介し、かつ、相当額の立退料の支払を提示したとしても、これによつて本件賃貸借の解約申入れの正当事由が補強され、正当事由が具備されるに至るものと認めることはできないといわなければならない。

三以上の次第で、本件口頭弁論終結時(昭和六二年三月一七日)までのいずれの時点でされた原告の被告に対する本件賃貸借の解約申入れについても、正当事由があるものとは認められないから、原告の主位的請求は理由がない。また、立退料八〇〇〇万円の支払と引換えに本件建物を明け渡すことを求める原告の予備的請求も、前示のとおり立退料の支払提示によつて解約申入れの正当事由が具備されるに至るものとは認められないのであるから、理由がないことに帰するものといわなければならない。

よつて、原告の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官平手勇治)

別紙物件目録

(一) 東京都千代田区神田神保町三丁目五番地五所在

家屋番号 五番五の一

鉄筋コンクリート鉄骨造陸屋根五階建

店舗事務所寄宿舎

床面積 一ないし四階 各四二・三七平方メートル

五階 一九・九二平方メートル

(二) 右(一)の建物のうち一階部分 四二・三七平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例